行列のできる音楽家

はじめはチェンバロとヴィオラ・ダ・ガンバの両方をどっち付かずでやっていた自分でしたが、やがてチェンバロを専門的に意識するようになったのは、ルイ・マルシャンというフランスのクラヴサン、オルガン奏者の作品を聴いてからです。

ルイ・マルシャンの作品はわずかしか残っていないので、その音楽の全貌を知ることは到底無理なのですが、クラヴサンのための2つの組曲を見ただけでも、それがフランスの音楽風土にかなり深く根ざした素晴らしい作品であることが分かります。
華麗さと反比例に中身を失っていく他の後期クラヴサン奏者達とはまるで反対に、古いスタイルではあっても濃密な音楽性に裏打ちされている作品だと思います。

ルイ・マルシャンの音楽は地味だということで、余り演奏されることはありませんが、その作品をいきいきとしたフランス様式で演奏するには、かなりのテクニックが必要とされる難しさもあります。ぼくがいかにマルシャンびいきかということが、もうお分かりでしょう。

さて、マルシャンの天才ぶりとその逸話を一つ。

彼の非凡な演奏は、若干14歳で出身地リヨンの大聖堂のオルガニストに任命されたほどでしたが、やがて20歳でパリに出てくる頃には、パリ市内でオルガニストの座に空席を持っていた教会のほとんどすべてから就任要請を受けていたということです。そのうちいくつを彼が受け入れたのかは定かでありませんが、王のオルガニストという地位を受ける以前の彼は、複数の教会を掛け持ちで演奏していたそうです。
そこで、同じ日に幾つもの教会の演奏をしなくてはならないことが頻繁におこります。彼は助手をお供に多分徒歩で教会から教会へと移動しました。
なんともおかしいのは、そのすぐ後を多い時には200人近い人々がぞろぞろついて歩いていたというのです。今風にいう、追っかけですね!

彼の教会での公開の演奏を聴きたくて、彼の後をついて回るのです。その行列の中には、若き日のジャン・フィリップ・ラモーの姿もありました。

おそらくそんな光景に出くわした人々は、いったい何事か!と思ったことでしょう。「とりあえず行列を見たら並べ」、と教え育てられたロシア人なら、かなり幸福な思いをしたでしょうね。ぼくも、心底並びたーい!

ほんとに残念です・・・が、想像は楽しい!!
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# by toshimusikk | 2006-09-13 14:06 | 音楽

音楽会の楽しみ方

最近は自分が関係するコンサートが多くて、なかなか他のコンサートに出かけられない。
それでも、クラシック系のコンサートというと大変気になっていることがあるので、今日はそれについて少し書いておきましょう。

クラシックのコンサートというのは、いわゆる「リサイタル」が中心で、これは独奏者が日頃研鑽を積んできた音楽表現を、ホールの舞台の上でお客さまに純粋に聴いてもらう形式です。
余分なアナウンスも解説もほとんど無く、演奏者は時間に現れ、演奏し、黙っておじぎをして帰る、こんなスタイルの音楽会です。
もちろん、聴衆とのコミュニケーションを取りながらも、主眼点は演奏者が自分の音楽を静かに聴いてもらう立場でそこに登場しているということでしょう。

さて、ぼくが演奏するバロック音楽は、その時代演奏家が自分のために音楽会を開くなんてほとんどあり得ないことでした。

演奏の目的は、その時その部屋に、その大広間にいる人々の気晴らしのため、ちょっとメランコリックだったり、ちょっと幸福をつかんでいたり、恋に憧れているような人々の心をやさしく増幅させてあげられる・・・一見公的で、しかし深くでは私的に必要なエンターテインメントだったのです。

舞踏会を合わせたような催しや、オペラやバレエのような主催者の権威を象徴するような場面でも、音楽はその華麗さを引き立たせる影の主役でした。

演奏する側は、当然なぜ自分の音楽がその場の人々に必要なのかはっきり理解していました。その要望に応えることが義務でしたから。どんなに見事なテクニックでも、まねのできない天才的演奏をするものでも、その場の人々の不興を買うような自分本位の演奏では、たちまち職を失ってしまうでしょう。

ある夜会では、ほとんどの客人は食べたり飲んだり、話に興じたり、女性や男性の品評会よろしい目つきで室内を眺めまわしている中に、淡々と演奏している音楽家の近くに寄って、そっと耳を傾けるご婦人や紳士がいます。演奏家は彼等のために細心の注意を払いながら、デリケートな音楽の会話でその耳と戯れます。そんなささやかな遊びに満足して、客人方はまた社交の人々の中に歩み去ります。演奏家なら、その短いせつなに彼等の音楽に詰められるだけの心を音に託しているのです。それがテクニックで、それが演奏術なのです。

箱形のホールに一様に舞台を向いて座った大勢の聴衆。そして明るいステージでカリスマになって演奏を披露する音楽家。現代の音楽会は、リサイタルと称してこのような音楽会を何十年も続けています。

やはり、バロック時代の音楽を演奏している人間としては、短いドラマに自分の音楽を託してみたいと思います。全部完璧、全部が最高、というのとは、目指すところが違い過ぎて、比べようがありません。だけど、音楽だけが主で中心の音楽会には、やはり不満を覚えますね。
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# by toshimusikk | 2006-09-12 15:14 | 雑記

時間を超えた2つの音楽会

松野迅というバイオリニストがいる。あまりに貴公子的風貌に、男のぼくはコンサートに行くより先にたじろいでしまうけれど、ある新聞にこんなことを書いていた。

「”苦辛の黙にはなれない・・・” そのたぎる想いが、彼の口調から感じられた。ポーランド出身のピアニスト、クリスティアン・ツィメルマン氏だ。もうすぐ50歳。
 来日した今年5月、彼は会見での『イラク戦争への日本の参加に失望』発言のみならず、ステージでも日本でメッセージを語った。『イラク戦争に反対した人達に、敬意をもって、演奏を捧げたい』と。 言葉も練り上げての来日に、ぼくは勇気づけられた。ショパンの『葬送』を演奏した後アンコールをせず、分厚い抗議と哀憐をステージに留めた」

実は大学生の頃同じようなことがあった。しかしこちらの方が事態は大きな問題となったはずだった。
 
リヒテルという大ピアニストの名を知る人は多いだろう。晩年はたびたび来日公演を行ったが、まだソビエト連邦が強さを保っていた頃、ポーランドでは連帯という労働者の組織が、国の独裁的な政治に対して抗議活動をはじめていた。世界は毎日長時間に渡ってこのニュースを取り上げ、砂粒一つ見落とさないほどの熱心さで注目していた。しかし、その連帯委員長ワレサ氏が当局によって逮捕、拘束されると、事態は暴動と軍事制圧の危険性を孕んでいた。

事件はそんな中、誰も注目などするはずない日本の、平和な上野公園内、東京文化会館で起きた。

それは、リヒテル氏のオール、ベートーベン プロのコンサートだった。満員の大ホールで、彼は淡々と、そして美しい彼だけの音でベートーベンの計算された緻密な音楽を演奏し続けた。割れんばかりの拍手とブラボーの連呼に、彼はもの静かにアンコールに現れた。

演奏されたアンコールは3曲。ショパンの練習曲集から。そして最後の一曲は『革命』だった。このときの客席の沈黙と緊張は今も忘れられない。彼は何も語らなかったが、それだけでもう十分だった。私たちは、いい知れぬ世界の重さを肩に感じたし、個人をこえた情熱のくすぶりのようなものに揺さぶられていた。

その後もリヒテル氏は、無事活躍を続けたことに深く安堵した人は多かったろう。そのコンサートの評論・・・ぼくの曖昧な記憶によれば、朝日新聞に載った細川周平さんのものしか読む機会に恵まれなかったのは残念だった。


ぼく達は、芸術家として、音楽家として、何を行うのか?
音楽を演奏するということは、どんな世界につながって、どんな役割をになっているのか、答えの見つからない問いかけに光を照らしてくれた2つのコンサートについてご紹介しました。
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# by toshimusikk | 2006-09-09 09:19 | 雑記

ガンバ・コンサートも久々に

同郷の群馬県から、ドイツのフランクフルトにリュートで留学中の高柳義生君が戻ってしまう前に、ぼくと二人の「リュート、テオルボ、ヴィオラ・ダ・ガンバのデュオコンサート」をすることになった。
 急な話しだったのだが、何とか桐生と前橋の会場を押さえられたので、ほっとしています。
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今年はマラン・マレー生誕350年の記念イヤーです。コンサートでは、第4巻の曲集から「夢見る人」「バディナージュ」を中心に4、5曲と、アーベルのソナタ、オルティスのレセルガータのほか、自分のアレンジものも披露したいと考えています。高柳君は、テオルボでロベール・ドゥヴィゼーとリュートでアテニャンの音楽を独奏する予定です。
 ぼくのガンバは、ヴィーラント先生所有のベルトランをそっくりコピーさせていただいた楽器で、製作はその義理の息子ミッシュです。また会いた〜い。
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 ちなみに、高柳君とぼくとはちょうど干支でひとまわり違いの子年です。準備期間の少ないコンサートですが、本当に久しぶりのガンバコンサートなので、気合い入ります! 群馬県でこんなことができて、幸せ者だと思います。
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# by toshimusikk | 2006-09-07 08:17 | 音楽

9月のコンサートの予定

9月は後半忙しくなって、しかも演奏旅行もあるので、しばらくブログ更新ができなくなる予定です。そこで、この場を借りて、自分のコンサート予定を公開しておきます。
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16日(土)山崎酒造酒蔵コンサート、群馬県太田市新田町木崎、19時開演
22日(金)もみじ学舎コンサート、大分県豊前市、19時開演
24日(日)別府古楽祭参加、大分県別府市
25日(月)雛蔵コンサート、福岡県北九州市小倉、19時開演
28日(木)カフェ風見鶏コンサート、愛知県東浦町、19時開演
30日(日)???      山梨県富士吉田市

30日のコンサートはバイオリンと一緒です。まだ、詳しい連絡を頂いておりませんので???としました。それ以外のコンサートはだいたい、ショートオクターブのイタリアンチェンバロによるソロコンサートです。

お問い合わせとしては、こちらのメールアドレスまでお願いいたします。

toshimusikk@excite.co.jp 
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# by toshimusikk | 2006-09-04 23:49 | 雑記

小さなチェンバロのミニコンサート

3日、女性会館という場所で、小さなイタリアンチェンバロを使って、30分のミニコンサートをやってきました。
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参考までにプログラムを紹介しておくと、チェンバロになじみのないお客さんがほとんどなので、まず、バッハのメヌエット1・2、パーセルのNew Irish tuneほか2曲、アイリッシュがテーマになったので、バードのCaleno Custuremeを歌とチェンバロのアレンジと両方と急速なラヴォルタ。つぎに、竹田の子守唄、こきりこ節の弾き語り、さいごにアルミーダのパッサカリアでした。
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音響の悪いところで音が客席後ろまで届かず、マイクを近付けて拡声しました。みなさん熱心に聞いて下さいました。歌はもっと練習して、いい声出したいな〜!

ショートオクターブのイタリアンチェンバロ、軽くてどこにでも運べて、本当に便利、助かります。
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# by toshimusikk | 2006-09-04 00:56 | 音楽

つまらないものにも我慢強い?

c0095185_12362422.jpg昨日、某高等学校の礼拝堂にて、パイプオルガンとフルートの演奏会を聴きに行ってきました。  わあ、今時こんな演奏をする人たちがまだ居たんだ〜、というような前半のバロックプログラム。

オルガンの規模は28ストップ、1766本のパイプを持つ、大の小といったところか。しかし、現代のオルガンはアクションに電気式を取り入れているため、鍵盤へのタッチから実際にパイプが音を発生するまで、電子制御でわざと時間ラグを作ってあるのかもしれない。

そんなオルガンと合わせなければならないフルートは気の毒だ。なにしろ、文字どおり、息が合わないのだから・・・

アンサンブルが本当にチグハグで、ずれまくりー! なのに! 大勢の聴衆はみな真剣?
オルガン奏者もなれたもので、現実がうまくいかない分、派手なボディーパフォーマンスでカバーしている。 まあ、しかたないかぁ・・・

それでも、ブラボーなんて声をかけてしまう聴衆もいて、聴いてる側も立場が恥ずかしくなってゆく >>>> あぁあ〜

学生の時芝の増上寺の地下ホールで、毎年現代音楽週間というのをやっていて、できる限り聴きに行った。その中で、忘れられない思いで、

曲のタイトルは「一人のオーケストラのためのタイタニック号の沈没」 すっご〜いっでしょ!
演奏するのはバイオリニスト一人。その彼、名前は覚えていないがロック系バイオリニスト。
しかし、演奏はすばらしい!!

ところが、、、なのです。彼の回りにはドラや太鼓、ペダルのついたバスドラム、などなど多くの楽器が並べられ、バイオリンのダウンボーで上手に叩いたり足でドンドンやったり、その熱演ぶりをふと離れた視点で眺めたら、ぼく一人急に可笑しくなってきて、クックッ と笑いをかみ殺すのに容易でない。ところが、一分もしないうちに、隣の若者に笑いが移ってしまい、それがあちこち飛び火して、ついに堪えることが困難になった私たちは、ステージの熱演に合わせるかのように、会場内に大爆笑の渦を巻き起こしてしまった。

演奏者は、我慢強く、最後の死者を弔うコラール風のフレーズを、重弦奏法に自らの声を重ねて歌い上げて、晴れて、ブラボーの嵐となったのです。
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# by toshimusikk | 2006-09-01 12:33 | 音楽

プロフィール

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最近は自己紹介といっても、書くことが多くて大変です。
そこで、本日の自己紹介、、、

1960年、東京生まれ。6歳まで北千住の下町で育つ。
6歳、両親とともに群馬県に移る。
栃木県足利高等学校卒業後、一浪して東京芸術大学音楽学部楽理科入学。
2、3年生と学友会会長(しんどい月日でした)
卒業後、群馬県にて塾と音楽教室を経営。
26歳頃より、東京東久留米市、聖グレゴリウス音楽院にて、ヴィオラ・ダ.ガンバおよび室内楽を千成千徳氏に学ぶ。
1990年、チェンバロ修行のため渡欧。ノルウェー、ポルトガルのサマーコース参加。
1991年、ノルウェー国立音楽院後期コース入学。Ketil Haugsandの指導を受ける。
1993年、同院卒業。帰国。

現在、群馬県前橋市に在住し、「バロック音楽を楽しむ会」を主宰。古楽器アンサンブル「コキリコ社」リーダー。チェンバロ奏者、ヴィオラ・ダ・ガンバ奏者として、県内外で幅広いコンサート活動を行っている。

メール toshi_musikk@ybb.ne.jpまで
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とはいえ、こんなこともやっていたり、、、
そのうちまた、別の機会にご紹介します!
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# by toshimusikk | 2006-08-29 11:08

本日よりブログはじめます

ようやく、ブログを開設することにしました。
カメック父さん、理良さん、富士山の山口君、
みなさんの熱意溢れるすてきなブログにほだされて、
なんとか頑張ります。
どうぞよろしくお願いいたします。
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# by toshimusikk | 2006-08-28 15:46