昨日のコンサートで

21日、埼玉県志木市のはらっぱの会主催、志木市、志木市教育委員会後援のバロックコンサートに出演してきました。

大きなジャーマンダブルのチェンバロをすっかりオンボロになったサンバーディアス(軽自動車)に積んで、道中窓を開け放って高速を走っていきました。気持ち良かった!

会場の志木市第二中学校若駒館は響きも残響もたくさんあって、リハーサルするのも大変。実は午後2時半から始まるこのコンサート、会場準備もリハーサルもみんな同時進行、ものを動かす音や話し声など絶え間なく、楽器の調律すら困難なほど雑多な音に溢れていたのです。

演奏はバイオリン二人とぼくのチェンバロです。低音の弦楽器がいないのはとても残念。プログラムもかなり  バロックな選曲で、初心者にはすこし重い内容ではなかったのかな・・・   しかし、音楽に合わせてダンスがあったのが何よりも良かった。

ダンスを披露してくれたのは、普段はジャズダンスなどを勉強している4人の若い女性のみなさん。バロックダンスへの振り付けを担当してくれたのは星原泉さんという自身もダンサーの振り付け師さんでした。すてきなお名前ですよね。帽子と男装の姿とがとてもお似合いでしたよ。

ぼくの専門のルネサンスやバロック音楽、そしてコキリコ社で取り組んでいるフォルクロアや民謡も多くがダンスと関係ある音楽です。今日は良き出会いでした。きっといつかダンス付きの音楽会をやりたいと思っていたので、何だか夢が現実に少し近付いてきたような気がします。
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# by toshimusikk | 2006-10-22 01:05 | アート

分かっているのに気付かない

バロック音楽というのはクラシックと同様基本的に即興音楽ではない。あらかじめ作曲されているものを演奏するのだから。
それなのに、曲の解説になったとき、トッカータとかプレリュードとか、即興的な音楽だといって憚らないのはなぜでしょう。みんな意外に譜面どおりに演奏しているのに、、、
看板に偽りあり・・・といつも感じているのです。バロック音楽の時代に演奏家が実際に即興演奏していたのは事実でしょう。その中身がどの程度のものだったか分かりませんが。。
誰がどの程度の即興の名手だったかなどについて話したいのではありません。
ただ、演奏家は皆、即興演奏への憧れを持っているということをいいたいのです。

だから、実際の演奏が仮に作曲されたいたものをしっかりなぞって演奏されるにしろ、その背後にいつでも即興的な気分、曖昧さ、移り気のようなものがないと、ただ堅苦しいだけの演奏を披露するだけに終わってしまうのです。

即興的な気分とか、曖昧さとか、移り気な姿勢など、あまり音楽のレッスンで話される内容ではないですよね。 しかし、わたしは、あえてこの部分を大変重要に考えています。
最近はこの「即興的な気分とか、曖昧さとか、移り気な姿勢」のことを、個人的な表現ですが<緩み>と言っています。

ゆるみとは、文字どおり心が緩んでいること、関節が緩んでいること、頭のねじが緩んでいることなのです。
緩んでいないことは、つまり緊張していることですよね。
確かに緊張している方が細かい点で確実な表現ができるかもしれません。
でも、音楽には確実ながあってはいけないのです。
音楽の醍醐味は、誰にも、演奏者にも聴衆にも次の瞬間が見えないことなのですから。。
もし、先々の展開が予想できるような演奏をしてしまったら、その時点でその音楽はつまらなく下らないものとなっています。
次の瞬間が全く新しい時間の開始点であることに、音楽芸術の新鮮さは依存しているのですから。。

ですから、音楽には全てに、「ゆるみ」というものが必要なのです。
音程も、ゆるんでいなくてはなりません。正確な音程で歌うこと自体、既に矛盾をはらんでいます。音程とは正確なものではなく、相対的なものだからです。歌の音程と器楽の音程を機械的に正確に一致させようとする努力は、クラシックのある流派だけが望んでいることで、実際どれほど重要なのか理解に苦しみます。

ゆるみ・・・これは音楽だけに関したことではありません、あらゆる芸術に関係の深い意識なのだと思います。

今日はとりあえずこの辺までにして、、

頭のねじを緩めて下さい、みなさん。。
むかし ねじ式 という漫画がありましたね!!
知っていますか?

ネジを締めては、危険なのです。どうか、、、ゆるめて下さい。
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# by toshimusikk | 2006-10-20 00:21 | アート

クラヴサン奏法を精読したいので

クラヴサン(チェンバロやハープシコードと同じ)を弾いていると、調べなければ分からない演奏法がたくさんあって、頭を悩まします。きっと誰もが同じなんだろうと思います。
まず、構えや指の形、タッチなどのごく初歩的なことから説明してくれている教則本というものが大変少ない。生徒は多分、教師に言われるがままをどうにか頭の中で噛み砕いて理解し、こんな感じかなぁ?、という思いを引きずって勉強しているのです。

そんな時、クラヴサン音楽が華やいでいた頃の演奏家となんとか近付きになって教えをいただけたら・・・

時々そう思っていたのですが、近々原語でF.クープランの「クラヴサン奏法」L'Art de Toucher le Clavecin を精読する勉強会を始めようと動き出しました。以前に八王子でクラヴィコード製作家の山野辺暁彦さんにご相談したことがあったのですが、私が地理的に大変遠いため、実現できませんでした。

今回再び思い立ったのは、私の近くにお住まいで、フランスのレンヌ大学哲学専攻の博士課程に在学されている友人、福田さんが講師として手伝って下さることになったからです。

とりあえずこの勉強会は集まれる人だけで構成される予定です。自分のほかに何人か声をかけてみますが、会場が群馬県桐生市ですので、参加者???人です。
まっ、堅苦しくなく、ワインでも楽しみながらの雰囲気で始めたいなと考えています。目標は11月開講です。月に1、2回のペースで進めていきたいです。

フランス語のしかも18世紀の言葉の専門家と、現役のクラヴサン奏者とがチームを作るのですから、これまであった2つの訳(佐藤/音友版、山田/シンフォニア版)にない新しい解釈が見つかるのではないかと期待しています。

というわけで、参加者は随時募集です。会費とか日程については後日発表いたします。とくに、私から声をかけられた方、なるべく御参加下さい。
よろしくお願いいたします。
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# by toshimusikk | 2006-10-18 11:54

花 展 に行ってきました。

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知り合いの(お友達と呼べるかな)Mさんのお誘いで、大泉の文化村に「花展」を見にいきました。古くて大きな農家を移築した建物は広々とした青空の下でなかなかの存在感で迎えてくれます。
この花転、以前にも一度見にきたことがありますが、通常の生け花とか、フラワーアレンジメントとは違う、かなり主張の強いシュールな作品が並びます。花という賞味期限が短い素材を使った「和」のインスタレーションなのです。
Mさんのお誘いの葉書の最後に、この場所で古楽器のコンサートをやりたい、と書いてありました。

前回見にいった時にはどんなコンサートができそうか、あまりイメージが浮かばなかったのに、今回はかなりそそられる(?)イメージが湧いてきます。
例えば、会場が空っぽの民家で、そこに楽器と演奏家とお客さんが集まって音楽会が開かれているというありふれたイメージでなく、今回「花」とそれを作品に仕上げた作者、また古楽器と演奏家による音と声の音楽、そして聴衆のみなさんが共時的に体験する非日常の時間が不思議に溶け合って、何か新しい芸術の空間が生まれるような気がしてくるのです。その大元になるのがこの古くてどっしりした民家の存在なのです。c0095185_13244177.jpg

一階は土間のたたきといろりの切ってある座敷。二階に上がると板の間と畳の部屋が半々くらい。この二階が面白いと思いました。例えば障子を外して青竹をはめ込み、すかし、のように工夫されたしきり。この間をぬって音楽が響く時、音に色彩が加わるようなイメージが湧くのです。
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これまでの音楽会は、音響のことばかりを考えた会場で一度に不特定の大勢さんに音楽を聴いてもらう環境、空間で開かれることが中心でした。しかし今、小さなサロンコンサートや、個人が自宅を開放して開催するアットホームなコンサート、パーティー形式のコンサートなど、音楽会の形はずいぶん変化してきています。なんだか昔の楽しみ方に戻っているような感さえありますよね。

「花展」に誘われて思わぬ発想が得られました。それは、会場という空間を音楽会のための作品と考えると、純粋だと思っていた音にも、色彩や香りを付けられるのではないか? という試みです。これまでの聴衆が実はより主体的な体験者となって、新しい自分を発見していく場が生まれてくるのではないか・・・

ちょっとくどい言い方になりましたね。
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Mさん、ありがとうございました。
会場でお会いできなかったのが、残念です。
でも、新しい音楽会、ぜひやりましょう!
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# by toshimusikk | 2006-10-16 13:45 | アート

リュート、テオルボ、ガンバのコンサート

15日の日曜と16日の月曜、2日間続けて久々のガンバでのコンサートにを行います。リュートとテオルボで伴奏してくれるのは高柳義生君。彼は現在ドイツのフランクフルト国立音楽大学に在学中ですが、今度の一時帰国の最後にぼくとコンサートをすることになったのです。

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今年はモーツアルトの生誕250年として騒がれていますが、バロック音楽の方では、天使のように奏でる名手と讃えられたマラン・マレーの生誕350年という記念すべき年でもあります。
マラン・マレーという名前がどことなく女性的で、雰囲気がありますよね。ぼくもガンバを弾きはじめた当初は、音楽を聴いたこともないのに、この名前の響きに憧れていたものです。
このコンサートではマレーのヴィオール曲集第4巻から中心に選曲してあります。
伴奏がテオルボのため、シャープやフラットが沢山付く曲は外しましたが、やはりどうしてもという思いで、「夢見る人」は演奏します。

ガンバ(ガンバとヴィオールは同じ楽器です)の音色は人間の声の響きに近いですね。人の声の渋さ、甘さ、ささやきやため息、しまいには金切り声まで含んでいると思います。
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マレーのようなフランス音楽を演奏する時には、イネガール(不均等分割)という暗黙の掟というか、演奏法が存在することでしょう。八分音符が並んだ時、どのように不均等な長さで演奏するのか、意外に演奏者によってまちまちなのです。ガンバに限らず、フランスのバロック音楽の演奏では全ての奏者、歌手がこの問題に取り組んで独自の見解を得なければなりません。
イネガールという演奏習慣の実態は、実はきちっと理解されているわけではありません。その分おかしな疑問符?付き演奏も多くて、勉強する人を悩ませています。
ぼく自身は「確信的なイネガール」と「確信的でないイネガール」の2種類に分けて考えています。特に、チェンバロの演奏に際してはこのことはかなり重要な演奏上のポイントになります。
近いうち、そのことについて論じてみたいと思います。
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# by toshimusikk | 2006-10-13 00:39 | 音楽

古楽器紹介プロジェクト?

群馬県という地方で古楽器の演奏家をしていると、誰かにこの音楽を教えて伝えるという機会が大変少ない。。ぼくの後輩たちも、留学して集中して古楽を勉強してきても、地元に帰ってくるとお教室すら開設するのが難しい、、、古楽器に触れて勉強してみようと思う人がほとんどいないのがその理由。

このままではいけない、私たちに明日はない!!、と思い、近頃前橋市内に支店をオープンさせた「雪草楽器」さんと協力して、古楽器の展示紹介とミニコンサート&講習会のイベントを企画させてもらうことになりました。
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そもそも、古楽器をやりたいと思っても近くに教えている人や実際に触れる楽器がないのでは、思いはそのまま素通りして消えてしまいます。結局本当の希望とはちょっと違うけど、ピアノ教室やバイオリン教室に通って、「きらきら星」とか「みつばち」みたいな子供向けの小品を弾いて、よくできましたね、、、と誉められて終わる方向に流れてしまうのです。

誰かさんが古楽器に触ってみたいと思ったとき、自分の足で動ける範囲に何か一つ本物の楽器があって、それを弾いてくれる人がいて、古楽器の魅力について語れる人がいれば、その誰かさんは古楽器に一歩近付くために、とりあえずは電子楽器から始めることだってできるはずです。
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初めて楽器を勉強する人が古楽器を手にした時、指の勉強とか音符の勉強と同時に、自分が音楽表現をする喜びを体で感じられる教材にすぐに巡り会います。「きらきら星」ではなくて、モンテヴェルディのメロディーや、古いシャンソンの美しいメロディーがそこら中に転がっています。古楽器をはじめた人は自分が初心者であることも忘れて  「音楽はいい〜!」  と自分で演奏する喜びに浸ることができるのです。げんに数こそ少ないのですが、ぼくの生徒さんたちがみなそういう体験をしています。

今「雪草楽器」に展示してあるのは、山野辺暁彦さんの作られたやや古いタイプのクラヴィコードです。山野辺さんが現在作っているのは、さらに音量、音色に改善が加えられた本当に素晴らしいクラヴィコードで、海外からも見学者が来るほどです。

もしも前橋に日帰りでこられる範囲にお住まいで、クラヴィコードに関心のある方はぜひ試奏しにいらしてください。ピアノ以前に愛用されていた鍵盤楽器の温もりあるタッチと音色に癒され、魅了されるはずです。
楽器はレンタルですので、どなたでも安価で手もとにおいて楽しむことができます。
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# by toshimusikk | 2006-10-10 12:56 | 音楽

東京琴社絲竹班

10月5日、高崎の少林山達磨寺にて、東京琴社社主 坂田進一先生の琴(七弦琴)と東京琴社絲竹班の伴奏付き大施餓鬼がおこなわれました。 
  つまり、だるまさんを師とする有名なお寺で、中国音楽の伴奏をつけた大仏事が執り行われたのでした。
  その絲竹班に、私も呼ばれて参加してきました。
 
 中国音楽の楽譜というのは古くは漢字で書かれていたのですが、現在は数字譜に統一されています。
  数字譜というのはド、レ、ミ、のかわりに1、2、3、を当てていくわけです。するとシの音は7になります。つぎは再びドつまり1に戻るわけです。もちろん音の高さをあらわす音高記号やシャープ、フラット(ほとんど見ませんが)なども使います。
  久々に絲竹班に参加できて楽しく演奏できました。上手にとはいえないところが悲しいのですが、、、

  この日先生が琴の演奏に使ったのは、なんと約900年ほど前に作られたオリジナル楽器でした。c0095185_19124860.jpgわれわれ西洋古楽の世界ではほとんど考えられない古さですね。だいたい、その頃から姿形が変わらずにあるというだけでも、すごいことですが、当時の譜面を見て現代でも演奏できるのですから、東洋の古楽は西洋の古楽より遥かに先んじている感があります。

  古楽と自称して、楽器やマテリアル、演奏法にこだわって勉強している古楽器奏者は数多く生まれましたが、それは東洋音楽の世界では当たり前に行われていたことです。井の中の蛙にならずに、よく目や耳を開いて、閉ざされた道でなく末広がりの道を歩けるようになりたいですね。

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                    本番前、お酒を召した後に琴をつま弾き出した坂田先生
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# by toshimusikk | 2006-10-07 19:24 | 音楽

吉祥寺山主さま

演奏旅行

吉祥寺山主渡辺さま、
10月1日という吉日に、吉祥寺本堂にてチェンバロコンサートができたことは、大変な幸運であり、もしかしたら何かのお導きであったような気もいたします。

座禅によって気を溜め全身に流すイメージや、その気が肉体から滲み出して周りに広がっていくというイメージは、音楽を演奏する上でのわたしの求める境地とよく似ていると感じました。「音楽と禅との方向性が同一」といわれる意味が、大変良く分かります。私がレッスンなどでよく使う表現に、体をとおして表出される音楽表現でなければいけない、というのがあります。聞き手の感覚に近付くには、体の中に源を持つエネルギーに音楽表現を乗せていかなければならないように思うのです。あくまでも体験的にですが、、、
一つのお碗との出会いも、かなり大きなインパクトとなりましたね。お碗のすばらしさというのではなくて、ものが動き続けていることの不思議さに思いが及びます。

さて、子供たちにとってチェンバロはかなり気に入ってもらえたようです。一人の男の子がコンサートの後で言っていました。ギターとかバンドをやるのではなくて、チェンバロをやりたい! 今一番かっこいいと思った! その言葉を聞いて、うれしくて、このまま終わらせてしまってはいけない・・と思いました。ぜひ次の機会を作って下さい。あの子たちに、またその友達や知り合いの人たちにチェンバロに触れてもらい、チェンバロをとおして音楽を教え、伝えられたら、そう願っております。

どうぞ、お力をお貸し下さい。
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# by toshimusikk | 2006-10-05 23:44

演奏旅行

9月20日から今日までの12日間、演奏旅行に行っていました。
行く先は九州、帰路愛知県大府市、山梨県富士吉田市。

レガシーツーリングワゴンにショートオクターブの小さなイタリアンチェンバロを積み、さらに椅子、照明道具まで積み込んで出発。 まずは一路大阪南港を目指しました。九州別府までそこからフェリーに乗船していくのです。c0095185_1848634.jpg
 フェリーは夜7時過ぎの出航。わずか一晩なのに、20年ぶりくらいの船旅だから少し興奮ぎみです。これから始まるコンサートのことを考えると、あまりはしゃいで夜更かしなどしていられません。

 九州で私のコンサートをコーディネートしてくれたのは、大学時代に一級先輩の、小川伊作さんです。
 彼は別府古楽祭というイベントを、毎年9月の秋分の日に開催しています。今年がその第7回目でした。私は今年が3回目の参加になります。
 この古楽祭の前に、大分県豊前市で、後に福岡県北九州市で「小さなチェンバロのコンサート」と題した私のコンサートが用意されていました。
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写真右側が小川さん、左は私です。

 九州では少し体調を崩してしまい、小川さんにも周りのみなさんにもご心配をおかけしましたが、演奏会の方はぶじにこなすことができました。

 帰路、愛知県大府市在住で画家の小川淳くんと合流。彼の仲間の展覧会でチェンバロコンサートを開いてくれるのです。
 しかし、ここからが今回の演奏旅行の不思議な出会いが続くことになりました。しいていえばスピリチュアルな旅が始まったのですが、詳しく語ることは後ほど、機が熟してからにします。
最後のコンサートも、予定を一日ずらして、10月1日に富士吉田市の禅寺、吉祥寺で行われました。
 見えない力に引っ張られるように、心と魂と音楽という問題が中心テーマになって、最後は座禅会に参加して全日程を終了しました。c0095185_19212620.jpg

 今回の演奏旅行に力を貸して下さった皆様、
  小川伊作さん、小川淳くん、久米亮子さん、野村卯さん、山口隆之さんと奥様、吉祥寺住職渡辺さん、関口理良さん、角田聡マネージャー、私の家族・・・本当にありがとうございました。
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# by toshimusikk | 2006-10-02 19:26 | 雑記

酒蔵コンサート

9月16日、群馬県太田市新田木崎町の山崎酒造さんの酒蔵にて、恒例の小さなチェンバロコンサートを行いました。

小さなチェンバロとは、友人の大滝眞さん(秩父市在住)の作ったショートオクターブのイタリアンチェンバロのことです。
しっかり響きのある会場で弾くと、この楽器はその小ささからは連想されにくい豊かな音を響かせてくれます。しかも、音色も美しい。製作した大滝氏はアマチュアの楽器製作家です。秩父産の最高の杉板を使いましたというだけのことはあります。c0095185_082593.jpg
この日本産の材で作られたチェンバロですが、非常に相性のいい会場が2つあります。一つは今ご紹介しているこの酒蔵。床、壁、天井と板材がふんだんに使われています。
もう一つの会場は、同じ群馬県の桐生市にある有鄰館・酒蔵です。こちらは土間に土壁の大きな倉です。この会場でも大滝氏のイタリアンチェンバロは大変美しい音を響かせました。どちらでも、コンサート用の大きなチェンバロが負けてしまうようなしっかりした美しい音を奏でます。

なぜか「酒」に縁があるようですが、酒と音楽の関係はまた後でお話しする機会が持てるでしょう。ちなみに、日本酒をすこぶる旨そうに飲む酒豪の渡辺さんというイメージを持つ人がぼくの回りにいるようですが、実は最近、家でお酒を飲むのを止めました。

さて、音域の狭いこのチェンバロで、どんなプログラムを用意したのか、参考までに披露しておきましょう。


イギリス:アイリッシュ、ケルト、スコティッシュの響き

1 ヘンリー・パーセル(1659?〜1695)の小品集
   リッリブルレロ(新しいアイリッシュ民謡)
   ミヌエット
   リガドーン
   シフォーチの別れ

2 フィッツウィリアム バージナル ブックより
  ジャイルズ・ファーナビー
   スパニオレッタ
  ウィリアム・バード
   アルマン、 ラ ヴォルタ、 ウォルゼイ・ワイルド
   カリーノ カストゥーラメ、 ラ ヴォルタ 
  作者不詳
   竹田の子守唄
   キャン シー(イクスキューズ マイ ロング)
  ジョン・ブル
   王の狩り 

   バロック初期から中期の鍵盤音楽

   3 ジロラモ・フレスコバルディ(1583〜1643)
      トッカータ 第2番
      トッカータ 第7番

   4 ヨハン・カスパール・ケルル(1627〜1693)
      トッカータ 第4番

   5 こきりこ節 富山県地方

   6 ルイ・クープラン(1626〜1661)
      組曲へ長調 クーラント
            サラバンド
            バスク地方のブランル
            シャコンヌ

   7 ジャン・アンリ・ダングルベール(1628〜1691)
      リュリ作曲のオペラ「アルミード」より
          アルミードのパッサカリア 




 
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# by toshimusikk | 2006-09-18 00:23 | 音楽