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今日は都内で

今日はガンバの演奏をしに都内へ行く。
あれやこれややりたいこと、回りたいところがあるのだが、
ガンバのあのケースを背中に貼付けていてはなんとも動きにくい。
正確には肩ひもをかけて担いでいるのだが、下は膝裏位から上は頭の20センチ上くらいまでにもなるだろうか、、、
電車に乗る時も一苦労。
空いていれば迷わず網棚の上にのせてしまうが、降りる駅で車内が込んでいそうならそれも難しい。

コンサートの方は今は亡きある画伯のアトリエで。
3組の出演があるが、ぼくは、
ジョン・プレイフォードのダンスミュージックを自分で編曲したものと、マラン・マレーを若いオルガニストのチェンバロによる伴奏で弾く予定。

いうまでもなく、楽器の演奏は身体を使う。
もっといい音、もっと豊かな響き、聴きやすい無理のない表現を追求することは、少し哲学的な作業だな、といつも思っている。昨日もまたボーイングや弦へのタッチについてあらたな発見、気付きがあった。

頭の思考もそうだが、演奏に際しての身体的感覚も常に常に今の先を目指している。イメージの中にある最高の感覚がわずかづつ形を現してくる。

キーワードは、自分がここにいて音楽をすることの自然さ、といったところか。。。
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by toshimusikk | 2007-06-29 00:45 | 音楽

伴奏すること

バロック音楽で伴奏というとまず、数字付き低音、を思い出す。
通奏低音とかコンティヌオとかいうものだが、鍵盤楽器奏者にとってこれは一種の即興演奏だと思う。とはいうものの、あまり自由な即興が許されているわけではない。

まず、数字付き低音の仕組みを理解するという勉強が必要になる。これは、和声の勉強とかなり重なっているので、少し専門的に音楽を学んだものなら、解説書を読めばわかるだろう。

それから実際の演奏となるのだが、はじめはいきなりアンサンブルはできないので、一人で楽器に向かって音を作っていくという作業をする。そうしてある程度、連続する和声の変化を楽器の上で実践できるようになったら、ようやく他の楽器奏者との合わせに進む。

じつはここからが真の音楽の勉強、通奏低音の勉強となる。
低音に付けられた数字は何を意味しているか、その本当のところもここから真の理解が始まる。伴奏としてやれること、やれないこと、やるべきこと、やってはいけないことが少しずつわかってくるはずなのだが、、、

最近のチェンバロ奏者の伴奏はおかしい、と思うことが多い。
というか、伴奏になっていない演奏家が増えている。
伴奏の第一は中庸であること。
これはソリストに対して出しゃばるようなやり過ぎはご法度。さらにソリストに隠れてしまうような控えめで、やり足らないのもご法度。
ではどうすればいいかというと、やるべきことはすべてやるということ。
その意味は、ソリストに対する助力は全て出し尽くすということ。
最近はソリストと対等な、というか対峙的な演奏を目指しているのかな?と思ってしまうコンティヌオを誇らしげに演奏するチェンバロ奏者が増えているように感じて、内心、困ったことだと思っている。

コンティヌオ奏者は最低限、自分の音楽上の役割を考えて欲しいものだ。
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by toshimusikk | 2007-06-28 00:06 | 音楽

学生に伝えたいもの

今日は通奏低音(チェンバロとオルガンの独特の即興の伴奏法、数字付き低音ともいう)を勉強したいという学生のために、群馬大学にスピネットを持って行った。
4、5人の学生が勉強を希望しているというが、今日集まったのは4人。ピアノ以前の鍵盤楽器に初めて触るというものが中心で、みな感激?といった様子。
しかし、2か月もすると、何人続いているかな。
全滅ということはないが、たいてい半分いなくなる。

教えるぼくが悪いのかも、、、
学生の考えが甘いのかも。。。

熱心な学生は幸い必ず一人はいるものだ。
とはいえ、
これまでこの大学でたぶん10年くらい研究会の指導をしてきたけど、才能のありそうなというか、そんな予感を感じさせてくれる若者には出会わなかった。もっとも芸術大学ではないし。。。

今年もまた学外の自分を頼って呼んでくれたことは正直嬉しい。なんとか伝えてあげたいものを上手に受け取ってもらえるよう、指導していきたい。
「音楽」を伝えるのは難しいことだけど。
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by toshimusikk | 2007-06-25 23:04 | 音楽

お知らせ(着物)

ぼくのちょっぴり友人の鈴村さんのお店、「地球屋」でこんな催しをやりますよ。興味のある皆さんぜひエントリーしてみては?
第1回 地球屋『着物重着競争』

どう考えても激やせモデルチームが有利のような。。。
それにしても着たもの全部が賞金代わりにもらえるというのは、何をきるかでも迷いそうですね。
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by toshimusikk | 2007-06-24 08:31 | お知らせ

お気に入りのシャンソン館

19日の西群馬病院でのコンサートの後、同じ渋川市の日本シャンソン館を訪ねました。
昨年の11月にコンサートをさせて頂いたのがご縁で、時々出かけます。
ぼくのお気に入りの場所の一つです。

土日はたいてい、ライブコンサートをやっています。
館長の芦野宏さんをはじめ、ベテランから若手までの多くの歌手が出演します。
ただぼくは、土日はほとんど仕事なので、ライブの時には出かけたことがありません。
いくのは平日、午後の時間です。

平日は大変静かで、入ってすぐの池のある小さなお庭も、歩くのは自分一人、花や、草、葉を茂らせた古木、池の鯉やすいすい動き回るあめんぼうなどに話しかけながら歩きます。
最近シャンソン館のブログに登場した可愛いネコのミュウに会いたいのですが、彼女の散歩時間に遭遇するのはむずかしい。

カフェオリジナルのバラのゼリーを試食したかったのですが、その日は売り切れ。
本館の一階ホールで DVDを大スクリーンで見ることに、、、
ぼくただ一人の貸し切り状態で贅沢な時間を過ごす。
係の人にリクエストしてみせて頂いたのは、往年の大女優BBことブリジッド・バルドーの回想で構成された数々の舞台や番組のベスト版。勉強になった上に、楽しめました。

庭の奥に茂る欅の樹齢は300年とか、大木です。
幹の中程の枝から見上げるてっぺんの方までたくさんの葉が生い茂り、吹き抜ける風にざわざわと気持ちのいい音をさせて揺れていました。

今年の夏は伊香保辺りで頼まれている仕事が週末に続けざまにありそうです。
しめしめ、また静かなシャンソン館に遊びに行けそう、、、いや、仕事は週末?
そうでした、大勢の客さまがバスを連ねてやってくる!!

静かな平日に出直して行くことにしよう。。。
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by toshimusikk | 2007-06-22 21:52 | 音楽

エトセトラ、エトセトラ、、

コンサートが続いた。

16日、秩父市での「コキリコ社」コンサート
17日、あきる野市きららホールでのCD製作
CD製作は私音楽ではなく、女性6人のボーカル・アンサンブルのもの。

コキリコ社コンサートは自分でいうのも変ですが、どこでもたいへん好評です。皆さんよかったというお顔になって帰られます。

少しだけ、コキリコ社コンサートが目指しているところをお話しします。

コキリコ社は古楽器アンサンブルと自称しています。その通りなのですが、西洋の古楽器を使って演奏するのは、じつは世界の音楽です。
残念なことに最近の音楽は世界中でアメリカナイズ(商業主義化、商品化)が進行して、小さな共同体の音楽の肌味はほとんど無くなって、みんな一様にマーケットを目指してしまう傾向にありますね。

コキリコ社は歴史的な(マスコミュニケーション誕生以前の)音楽を取り上げています。もちろん独自のアレンジをしますが、できるだけその音楽の風土を失わないように心掛けています。そうして再生された古い音楽に混ぜて、自分たちのオリジナル曲も演奏しています。
この音楽作りが若い人からかなりの年配の方まで指示してさる理由だろうと考えています。
アメリカ式グローバリズムでいえば実に非効率的です。グローバリズムが世界を一つの共同体にしようという動きなのに対し、コキリ社の方針はその正反対です。世界は多数、いうなれば世界は無限というのがコキリコ社の考えです。無限なのです!

16日の秩父のコンサートではほんの少しだけアフリカの現状を話しました。

さて、翌17日はCD製作のお手伝いで、東京都あきる野市きららホールへ。
オルガンレンタルと調律、フイゴ手。疲れました。オルガンの音をCDにできるようしっかりとムラなく鳴らすのは大変なことでした。

19日は榛名山のホスピスでチェンバロ演奏をしてきます。
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by toshimusikk | 2007-06-19 00:28 | 音楽

日本音楽豆講座

昨日は小さなイタリアンチェンバロを車に積んで、日本音楽豆講座のリハーサルに行ってきました。

邦楽の方との合わせはこれまで4、5回経験しましたが、今回は今までとかなり違います。
総勢15人の演奏です。うち、チェンバロ、バイオリンが1人ずつ。歌舞伎座に出演している皆さんも多く、しっかりした演奏で舞台が映えます。

曲は、誰もが知っている『お江戸日本橋』や『六段』、『京の四季』、『越後獅子』他です。

この日のリハーサルでは何と言っても、笛の福原寛さんの確かな腕と美しい音色にうっとりでした。もちろん打ち物の望月の皆さん、川島さんも見事なアンサンブル。惚れ惚れです。
こんな皆さんと一緒に演奏できるのは本当に幸せです。

お声掛け下さった長唄「英舟會」の五英治先生、五小英先生、ありがとうございます。

このコンサートは第八回 長唄 英舟會演奏会6月24日(日) 群馬県太田市社会教育総合センターホール 正午開演。 入場券800円
お問い合わせ、英舟會 0276ー25ー7134まで
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by toshimusikk | 2007-06-15 11:33 | 音楽

早起き散歩

この数日、自然に早起きになってきた。
このあいだなど午前5時半に目が覚めてしまい、思いきって近くの河川敷の公園に散歩に出かけた。

朝6時過ぎだが、意外に多くの人たちが歩いたり走ったりしていた。

とりあえず、30分歩いてみよう。

朝露に芝生が濡れている。小鳥たちが騒がしく鳴き交わし、餌をついばんでいる。
誰かとすれ違う度に「おはようございます」の挨拶。
初めは小さかった声も、次第にハッキリとした挨拶に変わっていった。

30分と少しを歩いただけだが、シャツは汗でけっこう濡れた。

朝日が気持ちいい。
空気が気持ちいい。
身体が気持ちいい。

これからどんどん暑くなるが、頑張って早起きして、朝の散歩を楽しみながら続けていこうと思う。
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by toshimusikk | 2007-06-13 17:31 | 雑記

なるほど、the 音楽業界 in **

群馬県で演奏活動をスターとさせて13年。
最近やっと多くの方に認知されてきたように思う、長かったかな。。
音楽業界のプロデューサーと何の接点も持たずに演奏業を続けて行くのはほんとに大変だった。

でも、その大変さが自分の場合、単なるバロック音楽の専門家とならずに、チェンバロ、ガンバの演奏、編曲、作曲を担当するオリジナル古楽器バンド「コキリコ社」の結成、和楽器の胡弓の演奏、他、と一人の演奏家としては異例なほどの幅広い活動領域を生み出してくれた。

こんなにいろいろできることを人に説明することは大変だが、自分の中では違和感少なく自然な感じでやっている。最近では歌も歌う。

そしてようやくこの頃、群馬で古楽演奏家のコンサートをプロデュースしてきた添川氏との面識を得た。聞けば、彼は私をガンバ奏者として認知していて、実際はチェンバロ奏者であることを知らなかったらしい。残念。。。

ここ群馬県でも特定のホールで何度も古楽のコンサートを企画しているのは知ってたが、誰がプロデュースしているのか全く知らず、その演奏家の招待の仕方にかなりの偏りがあってもただしょうがないなと傍観することしかできずにいた。

現在は少し前のように、古楽なら何でも新鮮でいい、という時代ではない。
オーセンティックな古楽の演奏スタイルは廃れることはないと思うが、そのオーセンティシティの真偽のほども定かではない。その辺は一部の影響力のある人間がこれがいいのだ、と言っているに過ぎないかもしれない。つまり、怪しい世界なのだと思う。

さて、たぶんどんな地方にも古楽に関心を寄せる音楽プロデューサーがいることと思う。たいていはクラシックと関わりの深い人たちだろう。従来のクラシック音楽の枠を越える新しい音楽的価値としての古楽に期待を寄せてくれるのだと思うが、それはあくまで、19、20世紀的クラシック音楽と並べて比較した上での評価。

とはいえ、古楽は古い骨董のような音楽を演奏することなのだから、ある意味宝探しのようで面白い。この宝物を皆さんにお裾分けすることが、私たち演奏家の仕事かな、、、

とりとめのないぼやき。。。

でも、私のコンサートは古楽の枠内に収まっていませんよ!
深さでも、広さでも、いつも新鮮な中身をいっぱい詰め込んでおります。
今年の秋は九州各地、奈良県、経路に当たる小都市などを回ります。
新しい出会い、今からワクワク、楽しみです。
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by toshimusikk | 2007-06-08 23:58 | 雑記

ヴィオラ・ダ・ガンバ

今日久々にヴィオラ・ダ・ガンバの練習をした。

最近はずっとチェンバロのコンサートが続いているのだが、この夏、チェンバロではなくてガンバのコンサートをしてみたいと思い始めている。 

というのも、先日親しい雪草楽器にて、スピネットを使った講習会をやったのだが、集まって下さった皆さんがぜひガンバも聴かせて欲しい、次はガンバでお願いしたい、そう望まれる声がいくつもあった。

みなさん、どこで私がチェンバロだけでなくヴィオラ・ダ・ガンバも演奏するということをお知りになったんだろう。

ともかく、ガンバがどんな楽器なのかはご存じのようだった。

前回のガンバコンサートは昨年10月だった。ちょうど九州ツアーが終わってすぐの頃、ツアーでは2週間に渡ってチェンバロを弾いていたのだから、その直後のガンバコンサートはちょっとした冒険だった。教会でのコンサートは素晴らしいできだったのだが、その後訪れた楽器のアクシデント。それ以来、自分の楽器が自分の音でなくなってしまったが、徐々に徐々に元に戻りつつある。本当に楽器は生き物だ。付き合っているうちにまた自分の音に戻ってきてくれた。

コキリコ社のCD製作の録音の時も、私のガンバはまったく別物のように扱いにくい楽器だった。なんとかなだめすかした演奏でCDは完成させたが、、、

さて、久しぶりにガンバを構えてたっぷり練習すると、もうほとんど以前の音に戻ってくれている。ますますヴィオラ・ダ・ガンバ コンサートをやりたくなってしまう。
この楽器に対して、また楽しくお付き合いできることがとても嬉しいから。

その楽器はベルギーのヴィーラント・クイケン先生の娘婿、ミッシュ(Mich de Brur)の作、ベルトランのコピー。

ガンバという弦楽器を弾けることは、ほんとに幸せなこと。
多くの方がガンバを趣味の楽器として手にとって欲しい。
ピアノを弾くことより、ずっと簡単で、ずっとヒューマンな楽器なんだ。。。
私にも一人生徒さんがいる。しばらく前にもう一人習い始めてくれた人がいたが、悲しいことに続けられなくなってしまった。

皆さんも、いかがですか?
本当に温かい、自分とともにあるような楽器ですよ。。。
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by toshimusikk | 2007-06-04 23:17 | 音楽