カテゴリ:アート( 23 )

昨日のコンサートで

21日、埼玉県志木市のはらっぱの会主催、志木市、志木市教育委員会後援のバロックコンサートに出演してきました。

大きなジャーマンダブルのチェンバロをすっかりオンボロになったサンバーディアス(軽自動車)に積んで、道中窓を開け放って高速を走っていきました。気持ち良かった!

会場の志木市第二中学校若駒館は響きも残響もたくさんあって、リハーサルするのも大変。実は午後2時半から始まるこのコンサート、会場準備もリハーサルもみんな同時進行、ものを動かす音や話し声など絶え間なく、楽器の調律すら困難なほど雑多な音に溢れていたのです。

演奏はバイオリン二人とぼくのチェンバロです。低音の弦楽器がいないのはとても残念。プログラムもかなり  バロックな選曲で、初心者にはすこし重い内容ではなかったのかな・・・   しかし、音楽に合わせてダンスがあったのが何よりも良かった。

ダンスを披露してくれたのは、普段はジャズダンスなどを勉強している4人の若い女性のみなさん。バロックダンスへの振り付けを担当してくれたのは星原泉さんという自身もダンサーの振り付け師さんでした。すてきなお名前ですよね。帽子と男装の姿とがとてもお似合いでしたよ。

ぼくの専門のルネサンスやバロック音楽、そしてコキリコ社で取り組んでいるフォルクロアや民謡も多くがダンスと関係ある音楽です。今日は良き出会いでした。きっといつかダンス付きの音楽会をやりたいと思っていたので、何だか夢が現実に少し近付いてきたような気がします。
[PR]
by toshimusikk | 2006-10-22 01:05 | アート

分かっているのに気付かない

バロック音楽というのはクラシックと同様基本的に即興音楽ではない。あらかじめ作曲されているものを演奏するのだから。
それなのに、曲の解説になったとき、トッカータとかプレリュードとか、即興的な音楽だといって憚らないのはなぜでしょう。みんな意外に譜面どおりに演奏しているのに、、、
看板に偽りあり・・・といつも感じているのです。バロック音楽の時代に演奏家が実際に即興演奏していたのは事実でしょう。その中身がどの程度のものだったか分かりませんが。。
誰がどの程度の即興の名手だったかなどについて話したいのではありません。
ただ、演奏家は皆、即興演奏への憧れを持っているということをいいたいのです。

だから、実際の演奏が仮に作曲されたいたものをしっかりなぞって演奏されるにしろ、その背後にいつでも即興的な気分、曖昧さ、移り気のようなものがないと、ただ堅苦しいだけの演奏を披露するだけに終わってしまうのです。

即興的な気分とか、曖昧さとか、移り気な姿勢など、あまり音楽のレッスンで話される内容ではないですよね。 しかし、わたしは、あえてこの部分を大変重要に考えています。
最近はこの「即興的な気分とか、曖昧さとか、移り気な姿勢」のことを、個人的な表現ですが<緩み>と言っています。

ゆるみとは、文字どおり心が緩んでいること、関節が緩んでいること、頭のねじが緩んでいることなのです。
緩んでいないことは、つまり緊張していることですよね。
確かに緊張している方が細かい点で確実な表現ができるかもしれません。
でも、音楽には確実ながあってはいけないのです。
音楽の醍醐味は、誰にも、演奏者にも聴衆にも次の瞬間が見えないことなのですから。。
もし、先々の展開が予想できるような演奏をしてしまったら、その時点でその音楽はつまらなく下らないものとなっています。
次の瞬間が全く新しい時間の開始点であることに、音楽芸術の新鮮さは依存しているのですから。。

ですから、音楽には全てに、「ゆるみ」というものが必要なのです。
音程も、ゆるんでいなくてはなりません。正確な音程で歌うこと自体、既に矛盾をはらんでいます。音程とは正確なものではなく、相対的なものだからです。歌の音程と器楽の音程を機械的に正確に一致させようとする努力は、クラシックのある流派だけが望んでいることで、実際どれほど重要なのか理解に苦しみます。

ゆるみ・・・これは音楽だけに関したことではありません、あらゆる芸術に関係の深い意識なのだと思います。

今日はとりあえずこの辺までにして、、

頭のねじを緩めて下さい、みなさん。。
むかし ねじ式 という漫画がありましたね!!
知っていますか?

ネジを締めては、危険なのです。どうか、、、ゆるめて下さい。
[PR]
by toshimusikk | 2006-10-20 00:21 | アート

花 展 に行ってきました。

c0095185_1354753.jpg
知り合いの(お友達と呼べるかな)Mさんのお誘いで、大泉の文化村に「花展」を見にいきました。古くて大きな農家を移築した建物は広々とした青空の下でなかなかの存在感で迎えてくれます。
この花転、以前にも一度見にきたことがありますが、通常の生け花とか、フラワーアレンジメントとは違う、かなり主張の強いシュールな作品が並びます。花という賞味期限が短い素材を使った「和」のインスタレーションなのです。
Mさんのお誘いの葉書の最後に、この場所で古楽器のコンサートをやりたい、と書いてありました。

前回見にいった時にはどんなコンサートができそうか、あまりイメージが浮かばなかったのに、今回はかなりそそられる(?)イメージが湧いてきます。
例えば、会場が空っぽの民家で、そこに楽器と演奏家とお客さんが集まって音楽会が開かれているというありふれたイメージでなく、今回「花」とそれを作品に仕上げた作者、また古楽器と演奏家による音と声の音楽、そして聴衆のみなさんが共時的に体験する非日常の時間が不思議に溶け合って、何か新しい芸術の空間が生まれるような気がしてくるのです。その大元になるのがこの古くてどっしりした民家の存在なのです。c0095185_13244177.jpg

一階は土間のたたきといろりの切ってある座敷。二階に上がると板の間と畳の部屋が半々くらい。この二階が面白いと思いました。例えば障子を外して青竹をはめ込み、すかし、のように工夫されたしきり。この間をぬって音楽が響く時、音に色彩が加わるようなイメージが湧くのです。
c0095185_13322855.jpg


これまでの音楽会は、音響のことばかりを考えた会場で一度に不特定の大勢さんに音楽を聴いてもらう環境、空間で開かれることが中心でした。しかし今、小さなサロンコンサートや、個人が自宅を開放して開催するアットホームなコンサート、パーティー形式のコンサートなど、音楽会の形はずいぶん変化してきています。なんだか昔の楽しみ方に戻っているような感さえありますよね。

「花展」に誘われて思わぬ発想が得られました。それは、会場という空間を音楽会のための作品と考えると、純粋だと思っていた音にも、色彩や香りを付けられるのではないか? という試みです。これまでの聴衆が実はより主体的な体験者となって、新しい自分を発見していく場が生まれてくるのではないか・・・

ちょっとくどい言い方になりましたね。
c0095185_13434263.jpg
Mさん、ありがとうございました。
会場でお会いできなかったのが、残念です。
でも、新しい音楽会、ぜひやりましょう!
[PR]
by toshimusikk | 2006-10-16 13:45 | アート