カテゴリ:アート( 23 )

Tokyo Collectionを見に

これまでファッションショーというものに全く無縁だったわけではありません。
身内のものがパリコレにスタッフで出かけたり、ミラノ、パリ、ニューヨーク、東京などのコレクションのバックヤードでお仕事したりしていたことはありました。

しかし、自分がそのファッションショーを見にいったのは、今日が初めてです。

さて、本当はそのショーを見にいけるとは思っていませんでした。
今日は、ぼくの大切な人、EDさんと上野で待ち合わせをしていたのです。
EDさんはわざわざ滞在先の調布から駆け付けてくれました。

お蕎麦が好きだというので、浅草の薮そばに案内し、浅草寺へお参り。
おみくじは「凶」と「大吉」

それから、ファッションショーの会場、原宿に向かいました。

ファッションショーというのは、意外に短時間に終わってしまいました。
たぶん、もっと東京コレクションにふさわしい見せ方というものがあるのではないかな、素人ですがそんなふうに感じました。

さいごに、EDさんと表参道のカフェでお茶をして、たっぷりお話しできました。

一日一日というのは、気付くとあっという間で、何色だったのかさえ分からないうちに過ぎてしまいます。

でも今日は、やっと作り出せた貴重な一日。
けっして重くはないけれど、大切で豊かな一日になりました。
いったい何色だったんだろ、、、?
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by toshimusikk | 2008-09-04 00:36 | アート

ダンス、舞踏家との出会い

昨日は都内のあるスタジオにポジティーフオルガンを運んできました。

そこは「ダンスカンパニー ノマド〜s」を主催する演出、振付家の池宮中夫さんの文京区千駄木のスタジオでした。

楽器を運び込んだ後、池宮さん、奥さんでダンサーでもある熊谷さんとお話しできました。特に、池宮さんとは限られた時間でしたが、じっくり話すことができ、多くの共感点を見つけることができました。なんだかとてもうれしくなりました。ダンスカンパニー ノマド〜sはこちらをクリックしてみて下さい。

もう一人、私のブログでもリンクしている星原 泉さんも演出、振付家、そしてダンサーです。彼女の舞台は2度見ましたが、パントマイム劇のようなダンスによる言葉のない演劇です。コメディー調で、笑ったり、泣いたり、いつも心に満足と元気を与えてくれます。

そして、今日は舞踏家、岡佐和香さんの試作の舞台を見にいきます。
彼女は舞踏といっても、かなりダンスのような心地よい動きを取り入れています。
岡佐和香さんのホームページはこちらです。

こうして、ダンサーや舞踏家の舞台を見ていつも強く感じることは、彼らは実は身体を使って音楽を奏でている、求めているのではないか、ということです。
ぼくが演奏しながら感じるものとおなじものが会場に満ちてくるのを感じるのですが、それは、人が共有している波のようなものです。水のように思い空気、生命の生まれ故郷の海のようなイメージになるのかもしれません。

ダンスや舞踏のイベントは、注意して探せば意外に身近にあると思います。
みなさんもぜひ、みなさん自身の目と肌で感じてみてはいかがですか?
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by toshimusikk | 2008-08-09 12:27 | アート

岡 佐和香 舞踏ソロ公演

昨日、23日は四谷のコア石響にて、岡 佐和香 舞踏ソロ公演「月の下、泥花の咲く頃」を鑑賞してきました。
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舞踏家の公演を見るのは久しぶりでした。
舞踏というとみなさんはどんなイメージをお持ちですか?
今回の舞台は月のセット、衣装、そして岡さんの表現とがすばらしく融合していて、
久しぶりに感動しながら、充実した濃い時間を過ごせました。


彼女や共演者のプロフィールなど知りたい方は
こちらのウェブページをのぞいて見て下さい。
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by toshimusikk | 2008-03-24 12:23 | アート

中国古典音楽、いいですよ!

昨日に引き続き、中国音楽の話題です。

昨日は京劇のスター、李玉剛の男声、女声、二色の歌声が聞けるものをアップしましたが、今日は古典音楽です。しかも、ダンス付き!

扇舞丹青 ( 邹亚童 )

ここでは、明の時代、1425年刊行の古琴曲集「神奇秘譜」から、「高山流水」という美しい名曲に合わせて、現代風な中国舞踏が演じられています。

それにしても、1425年にはすでに演奏されていた音楽。素晴らしいです。しかも譜面が現在でもしっかり演奏できる形で残されている!
確かに同時代のどの世界の音楽よりも進んでいることが分かります。
日本は室町時代、ヨーロッパはルネサンス文化が始まった頃。
その時代の音楽がそっくり現代に演奏できる形で紙に残されていることがすごい!!

中国文化の奥深さには本当に驚かされますね。
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by toshimusikk | 2008-02-08 01:48 | アート

古い家

何度か散歩に出かけていた清水寺(高崎市)
実は、今年で開山一千二百年の古刹です。
ご本尊は観世音菩薩、そして、馬頭観世音の祠や時代めいた石碑もあります。

参道から本殿までは全て階段です。
ほとんどは石を積み上げた古い造りの階段です。
多分江戸時代のものではないでしょうか。
というのも、階段の歩幅が現代人の洋服の動きと全く違って、幅も狭く高さもかなり低めです。おそらく、着物を着て上っていくには最適な階段だったのでしょう。

何度かこの階段を往復したのですが、本殿も近付いて見え出した頃、一軒の古い家が山の斜面に張り付くように立っているのが気になります。どう見ても、普通の民家とは違う感じです。

先日、本殿をお参りした帰りに、ちょっと寄り道してその家の前まで行っていました。

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なんだか自然と一体化しているようで、放置されているわけでもない、不思議な感じです。すごくいい雰囲気です。

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やはり、陶芸用の築窯がされていました。
薪だけを使う素朴な窯です。

どんな人が住んでいるのかな・・・

玄関の?といっても、今の家のような玄関とは違って、
小さな木の門をくぐるとすぐに草だらけの庭。
人が住んでいる雰囲気ではありません。
大きな赤地の瓶がいくつも並んでいました。

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この家の真下には、斜面を利用した地階が別にあって、そこには主が住んでいる気配を、様々なものが訴えていました。

そのうちに、ぜひ訪ねてみたいと思います。
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by toshimusikk | 2008-01-17 23:26 | アート

表札作り 1

わが家にはこの一年表札がなかった。

貸家とはいへ、全く同じ作りの家が6軒並んでいる。
これまでにも何回か、宅急便の配達の人が自宅の目の前から電話をかけてきて、わが家を確認することがあった。

そう、表札らしいものがないので、どこが誰の家だかわからないのです。

昨年の暮れ、不意に思い付いたオリジナルの表札のイメージ。

それは、陶器として焼いて作ったもの。つまり陶版。

いま私が住うこの家は、縁あってか馴染みの陶芸家、藤ちえさんの工房まで歩いて行ける距離。これは本当に偶然のことなんだけど、陶芸がぼくの人生の大きなきっかけであることは間違いなさそうだ。

というわけで、昨年の暮れ、
ちえさんに表札の製作をお願いした。

「デザインを決めてきてくださいな」

とのことだったが、家にいるとつい楽器を触ったり、本を読んだりで、
ちっとも表札のデザインが出来上がらない。

今日はそのことである相談をしにちえさんの工房に行ってきた。
相談というのは、工房で生徒さんを指導する時間にまぎれて、ここでデザインを考えさせて欲しいということ。

ところがいきなり製作が始まってしまった!

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粘土をこんなに平たくしてから、ちえさんは言った。
「じゃあ始めましょ」

ええっ!
それってつまり、自分で作れって言うこと?

あら、そうなのよ、当然じゃない。。。

うそ、、、

結局、基礎になる陶版まで自分で作ってしまった。
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これを数日寝かせて、次回は文字や図柄を色違いの粘土で象眼していく。

だってぇ、自分で作るものよ!

と、ちえさんは当然のこととして言い放った。

はい、、、よろしくお願いします、、、

作業の後でコーヒーを頂く。もちろんちえさんオリジナルのカップ。
実はそれが、ぼくがデザインして作ってもらったあるぐい飲みとそっくり?!
飛び出した目玉がついている、、、
お出眼のアンコウ(魚)が大きく口を開けているような、、、

さて、
来週の文字入れまで、
さよなら、、、!
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by toshimusikk | 2008-01-08 22:21 | アート

芸術ってなあに?

「先生、芸術って何のためにあるんですかぁ?」

先日のコンサートの後で年配の実行委員の方から質問された。
実は同じような質問を20年以上も前に自分の教える芸大受験生から質問されたことがある。

「先生、先生にとって音楽とは誰のためのものだと思いますか?」

ぼくには一つ簡単な答えがあるけど、この問題に答えを出してしまうことは本当はものすごく難しい。いや、答えなんかない!

昔はこんな風に考えていた。
この世に芸術というものはない、
芸術家という人間がいるだけだ。
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by toshimusikk | 2007-12-10 00:09 | アート

次なるCD製作

今秋より、自分のチェンバロ演奏のCD製作に取り組もうと考えている。

今年出したCDは、自分が主宰する古楽器バンド「コキリコ社」のものだった。

最初に出したCD作品が、自分の本来の専門チェンバロでなくて、アンサンブルであり、自分自身のアレンジ、作曲ではあっても、演奏ではまったくチェンバロを使わずヴィオラ・ダ・ガンバのみを弾くというものだったのには、それなりに大切なわけがあった。

私のチェンバロコンサートはおそらく他の誰とも違ったステージを目指していると思う。ルネサンスやバロック音楽をプロラムの中心にしているのだが、素晴らしい作品を演奏しじっくり聞いて頂くというよりは、同じ会場に集った皆さんを耳から楽しませ、和ませ、緩ませ、かつたっぷり乾いたり湿って頂けるように心を砕いている。私の音楽はこれを聞いてみようと集まって下さった皆さんに奉仕するためにある。

ではそれをCDにしてみたいと思っても、どんな構成? どんなプログラム? どんなマスタリング?  頭が痛くなる、 なにしろそういうチェンバロの演奏の録音はないのだから、、、

そこで、前段の準備として、もっと明確に楽しめる音楽、心にしみる音楽を目指している「コキリコ社」の録音を先に行った。有り難いことに、評判はすこぶるいい。(感謝!)

さて、そろそろ本業のチェンバロの録音に取りかかる。
けっして、リサイタル調のアカデミックなCD作りはしない。
ではどんなモデルを目指すの? 
そこがむずかしい!! 
ただ、普段ライブでやっている自分の「小さなチェンバロ・コンサート」のような臨場感を取り入れる工夫をしたいと考えている。

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さて、ここまでは硬い文章で自分の意欲を表明してみました。

ところでどんな音楽表現を??

それはまだ秘密、、、
というか、これから実験していきます。

コンサート案内にはのせていませんが、8月には草津温泉で何日かライブ演奏をします。
まず聞くことの少ないめずらしい、素敵なコンサートを目指しています。
とにかく期待して下さい。
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by toshimusikk | 2007-07-11 00:16 | アート

新しい衣装

先日のカフェコンサートでは、コンサートのための新しい衣装をお披露目しました。
ご夫人用の留袖の古着を二着ほどいて、大きめのベスト一枚に仕立ててもらいました。
形は洋服ですが、センスは「和」以外の何ものでもないですね。。


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足利市のうさぎ屋さんで仕立ててもらいましたが、生地を見立ててくれたのは店長の大竹さん。じつはぼくたちのカメラマン兼デザイナーです! 
仕立ての方は斉藤先生。
なかなか素敵な先生ですよ、特に、微妙に聞こえてくる栃木弁がとてもかわいらしい。

このベストを母に見せたのですが、「あたしも作りたい」と、感心していました。
値段もお手ごろでした。私もまた作ってもらいたいです。
コキリコ社みんなこういったお洒落な服で演奏したいですね。
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by toshimusikk | 2007-04-23 23:57 | アート

未来

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『m』は未来のm。未知数で未完成。足らない方がたしていけるからいい。

このイラストは、私が主宰する古楽器バンド「コキリコ社」のCDや、現在計画中の私のチェンバロのソロコンサートを収録する予定のCDのデザインを担当してくれている、若手写真家、デザイナーの大竹麻実恵さんの作品。

落書きのようなタッチなのに、幸せな気持ちがたくさん詰まっている。
彼女と知り合って今年がたぶん4年目だと思うが、ぼくの知る大竹さんははじめからこんな自由で、さり気なくて、ありのままの思いをデッサンや写真や構成作品にやすやすと仕立て上げている人のようには思えなかった。

初めて彼女にあった時、、、大竹さんはフランス政府の国費で日本の伝統芸能(地方の祭り)の撮影に来ていたフランス人の同世代の写真家を案内しながら、東北から日本海側を旅して回っている最中だった。

なぜ私が彼等と合流することになったのかを話すと長いことになるのでやめておこう。

実はその時、彼女自身がカメラマン、さらにデザイナーという方向を意識していたかどうか知らないが、愛用の一眼レフのデジカメで道中一緒に写真を撮りためていた。嬉しいことに、今それらのコピーが私の手もとにある。新鮮なものを感じさせてくれる、いい視線を持った写真だ。

数年後、彼女から個展の招待状が来た。
出かけていくと、写真は決してメインではなく、会場の蔵の2階一杯に、様々な小物を上手に利用し、彼女の世界に作り直してしまったインスタレーションが繰り広げられていた。明らかに建物の外とは異質な空気の密度と粘性が作り上げられている。それでいて居苦しくならない、不思議に心地いい潜水艦の内部に入り込んでしまったような錯覚を覚える。

その世界のほんの一部の断片ではあるが、「ブルー」「ピンク」と名付けられた2冊の写真集が残され、現在も販売されている。私もその中に納められている写真作品を一つ購入した。それが、私の製作した「コキリコ社」のCDのジャケットに使われている。

その時の彼女の心の瞬間をかろうじて写した作品は上記の2冊の写真集と、約10種類ほどの絵はがき用として製作された作品しか残されていない。

冒頭の写真はその時に彼女が手掛けた絵はがきの一つ。そして、そこにそえられたコメント。私はこれを手にすると、いつもその両者の息づかいの絶妙なバランスにドキリとしてしまう。そして自分の中で薄らいでいた『m』の気配に聞き耳を立てる。
未知数であり未完成であることの幸せ、、、それこそが、未来であるべきなのだと思う。
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by toshimusikk | 2007-04-07 00:56 | アート