千里同風

昨年ずっと気になっていた言葉

千里同風

師一日遣僧送書上雪峰和尚。
雪峰開緘唯白紙三幅。
問僧會麼。曰不會。
雪峰曰。不見道。君子千里同風。

中国のこの故事に由来している。

自分流の訳では、、、
ある師匠が弟子の僧に書状を持たせ、雪峰和尚のもとに使いにやらせた。
それを受け取った雪峰和尚が書状を開くと、白紙の巻き物が三幅あるだけだった。
使いの僧にわかるか?と尋ねると、わかりませんという答え。
そこで雪峰和尚は言った。「わからぬかなぁ、君子千里同風(かの師と私の間には千里同風なのだよ)」と。

んん、、、気になる。。。
この「千里同風」という言葉が暗示しているものが、きっと自分が漠然と考え求めているものと近いものなのではないか、、、そう思えてならない。

「風」に関してはこればかりではない。
昨年自分が縁あってしることができた煎茶、これを「清風の茶」とも呼ぶ。
この煎茶は、身体と心の関係を解きほぐす素晴らしい力を持っている。
それが清風と呼ばれるものではないかなぁ、、、そんな風にも思う。
中国の玉川子という字名の茶人の歌にある一節。
「七椀喫するを得ず、唯覚ゆ両脇に習習として清風の生ずるを」

新年の最初のページに風の話。
きっと今年こそ、この「風」が自分のキーワードとして大切になってくるような気がするので。
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by toshimusikk | 2008-01-01 23:04 | 雑記
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