ホームコンサート

コンサート会場というのはホールやイベントスペース、スタジオのような多数のお客さまが集えるような処ばかりではない。ピクニックで訪れた小さな東屋や、個人のお宅の広間だって驚くようなコンサート会場になってしまう。

今日は、埼玉県久喜市のOさん宅でコンサートをしてきた。小さなイタリアンチェンバロを中心にして、他にはパルデュッスーや日本の胡弓も聴いて頂いた。

一階のリヴィングは20畳ほどの広さか? キッチンを含めてだけど。
そこにOさんの仕事仲間を中心に30人ほどの皆さんが、オーバーな表現だけどひしめき合ってぼくの演奏や話を楽しんでくれた。椅子のない人は床に座って。

休憩無しの一時間半、演奏するぼくも、見つめながら聴いてくれる皆さんも本当に豊かな楽しい一時を過ごせた。。。

出演者が自らそんなことをいうなんて、うぬぼれかもしれません。
でも、人の表情や息使いはそんなに嘘つきじゃない。

例えば音楽は弾いたそばから演奏者の元を旅立って空気の中に解き放たれる。
もしその音やフレーズにいつまでも演奏者の名札がタグのように張り付いていたら、その音楽はもはや自由を失っている。

解き放たれた音楽で空気が満たされた時、演奏者も既に聴衆の一人なんだと思う。
だからぼくは、お客さんと一緒に自分の演奏を楽しんでいることに気付く。

ぼくの演奏する音楽はすっかりぼくの色に染まってはいるけど、それはもはや自分のものではないんだと思う。なぜならぼくは、ぼくの色がどんな色なのか、自分では全く気付くことはできないのだから。。。

明日準備をして、あさって早朝、京都・奈良への不思議な演奏旅行に旅立つ。

今日音楽を通して出会った皆様、本当に有り難うございました。
多謝。
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by toshimusikk | 2007-11-06 21:13 | 音楽
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