練習

最近、チェンバロで練習しているのはある急速なアルペジオのフレーズ。
ヘンデルという作曲家のある組曲の最後、シャコンヌにでてくるフレーズだが、右手の変奏に様々なアルペジオが登場する。

そのアルペジオをコントロールする指作りをしている。 

ぼくの弾き方は、指で弦を爪弾くように、鍵盤を爪弾くような弾き方をしている。
だから、指は鍵盤からあまり(ほとんど)離れない。
リュートやギターもそうだが、弦を弾く指は弦のそばに寄り添っている。

そんな部分的な練習をしている。

チェンバロの演奏では、弾き方よりも、タッチの方が大切だと考えている。
弾き方は演奏者の能力を映し出ものかもしれないが、
タッチの方は演奏者の感性や哲学を映しているように感じる。

タッチに魅力のない演奏は、どんなに達者な演奏でも、やはり魅力を感じない。

ずっとそんな思いで練習をしているが、
理想とするタッチはまだ遥か先にある。

多くの曲を弾き込み、大きなレパートリーを獲得することも大切だと思う。
でもそれは、自分がチェンバロを弾く目的ではなく、結果なのだろう。

チェンバロを弾いたり練習する目的は、この楽器やそれに触れる指が自分の内面と一致して、
そこから音楽の中の美を紡ぎ出すことだと思う。

音楽の美に奉仕している者が自分。。。

だから、自分がチェンバロを練習する一番の目的は、上手く弾けるようになることより、
音楽の美が、どこにあるかを知ること。。。
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by toshimusikk | 2007-08-14 02:06 | 音楽
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