今日は都内で

今日はガンバの演奏をしに都内へ行く。
あれやこれややりたいこと、回りたいところがあるのだが、
ガンバのあのケースを背中に貼付けていてはなんとも動きにくい。
正確には肩ひもをかけて担いでいるのだが、下は膝裏位から上は頭の20センチ上くらいまでにもなるだろうか、、、
電車に乗る時も一苦労。
空いていれば迷わず網棚の上にのせてしまうが、降りる駅で車内が込んでいそうならそれも難しい。

コンサートの方は今は亡きある画伯のアトリエで。
3組の出演があるが、ぼくは、
ジョン・プレイフォードのダンスミュージックを自分で編曲したものと、マラン・マレーを若いオルガニストのチェンバロによる伴奏で弾く予定。

いうまでもなく、楽器の演奏は身体を使う。
もっといい音、もっと豊かな響き、聴きやすい無理のない表現を追求することは、少し哲学的な作業だな、といつも思っている。昨日もまたボーイングや弦へのタッチについてあらたな発見、気付きがあった。

頭の思考もそうだが、演奏に際しての身体的感覚も常に常に今の先を目指している。イメージの中にある最高の感覚がわずかづつ形を現してくる。

キーワードは、自分がここにいて音楽をすることの自然さ、といったところか。。。
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by toshimusikk | 2007-06-29 00:45 | 音楽
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