揺れる響き

音の波形をオシロスコープで見てみると、純音ならきれいな関数曲線の波形がそろいますが、たいていの音はそれがかなりギザギザ変形していたりあるいは別の山が混ざりあっていたり、大変複雑な波形をしているものです。
日常にある音で音楽に使えそうな音はほとんどがこの複雑な形をしたもので、かつやや規則的な波形を持った音です。それに対し、雑音と呼ばれる音にはこの規則性がなくて、複雑な波形がほぼデタラメにつながっていることがほとんどです。私の演奏仲間に雑音の専門家がいますので、今度しっかり話を聞いておきましょう(笑)。

音楽の中には、関数曲線に見られるようなきれいな波形の音はほとんどないわけですが、いずれにしろその波は規則的に揺れています。細かく揺れていれば高い音、大きく揺れていれば低い音というわけで、音程というものもこの揺れに由来しているのです。そしてこの揺れというのは、生命のエネルギーと深く関わっていす。(ここからついに、私的な論理に突入してしまいます。。)

この世界というものの存在は、全てが「揺れ」ることによって支えられています。少なくとも、私達が暮らす地球上ではそうです。
命あるものもないものも、全てが揺れています。どんな石ころも、ダイヤモンドでさえも極小の物質レベルでは揺れ動くことで存在しています。
ひまわり畑の何千もの花が一同に太陽の方角に向かって動くことも、生物で習うように感覚装置と運動装置だけでは説明できないことがあります。それは、その感覚や運動を起こすスイッチは何か、そしてそのスイッチを稼働させるエネルギーは何かということです。私はそのエネルギーが、物質が揺れることで存在していることの中にあると思います。つまり存在そのものが既にエネルギーであり、パワーなのでしょう。
そういった存在の揺れとは、私たちの目には見えないし、耳には聞こえません。ただ、間接的には知っています。例えば、目に映るもの全てに形があって、色があって、質量を感じるのはなぜか? それは、光がそのものに反射してそれを眼球をとおして脳へと情報伝達しているからと説明できるかもしれません。しかしそれでは不十分なのでは・・・あるものが固有の色に見えるのはそれが光に作用してその色の波長をよく反射するからですが、それは光が勝手に屈折するだけではなく、そこにあるものの存在が光に対して働きかけるエネルギーを持っていて、それが作用した結果ではないかと考えてみましょう。つまり、光の波長が変化させられたのです。
光のかわりに音波を当てても、きっと同じような結果になると思います。
楽器のいろいろな音色はその素材によって異なりますが、それはなぜ? という答えも多分ものの持つ「揺れ」という存在エネルギーが働くためなのでしょう。

話について来れない人!??
ごめんなさい、超個人的な見解ですので。。。
しかし、こう考えるとイメージが膨らむし物事が理解しやすくなるような気がするのです、ただ、あんまり学問的な見解ではありません。お断りしているように、超個人的な思い込みであり見解なのです。

もしこの世に何でも聞くことのできる耳を持った者がいたら、この世界のあらゆるものが音を発していると分かるでしょう。揺れることによっておこる波、それが音なのですからね。ただ、私たちの聴覚は非常に弱いので、想像力で補って聞こうとするよりほかに手段がありません。かつて、ケプラーが描いた天体のモノコルドの図なども間違いなくそのいい例です。

さて、音の響きを考えると、ハーモニーとか倍音と言う言葉が頻繁に使われますが、これらがどう言うものかという説明的なことよりも、音はなぜ響きあうのかという根源的なことの方が面白いようです。

ああ、でも長くなってしまいました。。 というわけでまた次回。
はたして最終回はくるのでしょうか・・・?
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by toshimusikk | 2006-12-07 17:19 | 音楽
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