時間を超えた2つの音楽会

松野迅というバイオリニストがいる。あまりに貴公子的風貌に、男のぼくはコンサートに行くより先にたじろいでしまうけれど、ある新聞にこんなことを書いていた。

「”苦辛の黙にはなれない・・・” そのたぎる想いが、彼の口調から感じられた。ポーランド出身のピアニスト、クリスティアン・ツィメルマン氏だ。もうすぐ50歳。
 来日した今年5月、彼は会見での『イラク戦争への日本の参加に失望』発言のみならず、ステージでも日本でメッセージを語った。『イラク戦争に反対した人達に、敬意をもって、演奏を捧げたい』と。 言葉も練り上げての来日に、ぼくは勇気づけられた。ショパンの『葬送』を演奏した後アンコールをせず、分厚い抗議と哀憐をステージに留めた」

実は大学生の頃同じようなことがあった。しかしこちらの方が事態は大きな問題となったはずだった。
 
リヒテルという大ピアニストの名を知る人は多いだろう。晩年はたびたび来日公演を行ったが、まだソビエト連邦が強さを保っていた頃、ポーランドでは連帯という労働者の組織が、国の独裁的な政治に対して抗議活動をはじめていた。世界は毎日長時間に渡ってこのニュースを取り上げ、砂粒一つ見落とさないほどの熱心さで注目していた。しかし、その連帯委員長ワレサ氏が当局によって逮捕、拘束されると、事態は暴動と軍事制圧の危険性を孕んでいた。

事件はそんな中、誰も注目などするはずない日本の、平和な上野公園内、東京文化会館で起きた。

それは、リヒテル氏のオール、ベートーベン プロのコンサートだった。満員の大ホールで、彼は淡々と、そして美しい彼だけの音でベートーベンの計算された緻密な音楽を演奏し続けた。割れんばかりの拍手とブラボーの連呼に、彼はもの静かにアンコールに現れた。

演奏されたアンコールは3曲。ショパンの練習曲集から。そして最後の一曲は『革命』だった。このときの客席の沈黙と緊張は今も忘れられない。彼は何も語らなかったが、それだけでもう十分だった。私たちは、いい知れぬ世界の重さを肩に感じたし、個人をこえた情熱のくすぶりのようなものに揺さぶられていた。

その後もリヒテル氏は、無事活躍を続けたことに深く安堵した人は多かったろう。そのコンサートの評論・・・ぼくの曖昧な記憶によれば、朝日新聞に載った細川周平さんのものしか読む機会に恵まれなかったのは残念だった。


ぼく達は、芸術家として、音楽家として、何を行うのか?
音楽を演奏するということは、どんな世界につながって、どんな役割をになっているのか、答えの見つからない問いかけに光を照らしてくれた2つのコンサートについてご紹介しました。
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by toshimusikk | 2006-09-09 09:19 | 雑記
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