珈琲タイムのこと

きちんと手間をかけること、
どんなことに対しても、それはとても大切な時間です。

例えば、珈琲タイム。

自分一人で飲む時にも、一杯のコーヒーのために長年愛用している手回しミルで豆を挽きます。
豆を挽く力加減を手に感じると、どんな細かさに挽けているのかわかります。そしてコーヒー豆の強い香りが漂います。
私はペーパーフィルターを使いますが、ドリッパーは陶製のものです。
カップとドリッパーをお湯で温め、ミルで挽いた豆を入れ、ゆっくりと慌てずにお湯を注ぎます。
その時、待つ、という時間が必要です。
どのように湯を注ぐかは人それぞれと思いますが、待つ時間だけは変わりなく必要なものです。

大手のコーヒー店では機械を使ってコーヒーをいれています。
合理的なのかもしれませんが、わたしはそれで満足できたことは一度もありません。
やはり、人が何かを感じ考えながらしっかり手間をかけていれてくれたコーヒーが好きです。

先日、近江八幡にある知り合いの珈琲ショップ「オッタ」に豆を注文しました。
そこで焙煎されたブラジルのある農園の豆はコクがあっておいしいと思いました。
自分でいれてみるとまた味が変わるのですが、それがまたおいしいと感じました。
この豆でコーヒーをいれると、オーナーのお顔やお店の様子などが自然に思い浮かびます。
私は数件の自家焙煎のお店で豆を買って楽しんでいます。
珈琲農園で働く貧しい子供たちがきちんと学校へ通えるようになればいいな、、、
などと思いながら、珈琲をいれます。
お湯を落としながら待つ時間は、ちょうどいい祈りの時間でもあります。
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by toshimusikk | 2011-12-15 09:36 | 雑記
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